四国がんセンター

名誉院長エッセイ<季刊>患者の言い分、医者の言い分

お酒がうまいんでやめられんのよ:2016年4月号

先生、ビールがなんぼでも飲めるんじゃが、かまんのかいの

この40才代の男性は胃を全摘しているのですが、なぜかビールがたくさん飲めるのです。それも、500mlの缶ビールを4、5本も飲めるらしい。発泡性のある飲物は飲めなくなるのが胃を切除した患者さんの宿命なのですが、まれのまれにこのような患者さんがいらっしゃいます。術前のお話しの時『わしゃ、胃を切ったら大好きなビールが飲めんようになるのだけがつらい』とおっしゃられていたことが印象に残っていたのですが、うれしい誤算でした。でもひと言、「いくら飲めるとは言ってもね、胃がないとアルコールの吸収が前とは違うけん飲み過ぎたらいかんよ。肝臓を痛めるけんね、ほどほどにね」と釘を刺しておきましたが、なかなか言うことが聞いてくれません。そのうち、外来での血液検査で、肝機能が悪くなり、「まーだ飲んどるじゃろう。がんは治っても、肝臓で死ぬよ!」『は,はいっ!』この脅し? が一番効くようですが、効かない人もいるんですね、これが(^_^;)

酒が弱うなってしもうた!

多くの患者さんは、胃を切ったあとには、こうため息をつかれます。今まで美味しかった酒がまずくなったと言われる方もいらっしゃいますね。そこで、してやったりとそばでにんまりとしているのが、誰あろう奥さんです。(皆が皆そうではありませんが、だいたいそうですね)よほど苦労してたんでしょうか…胃を切ったあと、飲んでもかまいません。ほどほどに飲めば、百薬の長ですからね。ただ、問題なのは歯止めが効かなくなることがあり得ることです。「うんうん」そこでうなずいているのは、ご本人かそれとも奥さん?

私はと言えば

私もお酒は好きですよ。一人で飲むより、大勢の中で飲んで話を楽しむのが好きなので、家飲みはほとんどしません。ただ、美味しい日本酒が手に入ったときだけは別です。その時には、「冬ソナ」を見て、ため息をつきながら冷酒をちびりちびりと飲むのです。「ええなあ‥チェ・ジウって何でこんなにかわいいんやろう。このドラマはなんでこんなにせつないんやろう…」なんてね(*^_^*)今は翌日がしんどいので夜更かしすることはなくなりましたが、最盛期?には朝、2時3時はざらでした。翌日大丈夫かって?それが絶好調なのです(^_^)v

酒にまつわる思い出をもう一つ

岡山大学にいた頃の話です。数ヶ月の単位で近隣の病院への出張がありました。中でも、湯原温泉病院への出張中には、事務の人とよく飲んでました。あの冬はとても寒くて、朝起きると、官舎の前に雪が積もって玄関のドアが開かないのです。窓から出入りしていました。最高なのは、官舎の風呂が源泉掛け流しなのです!!しかーし、官舎の風呂ではなく、雪の中を湯原ダムの下の露天風呂までみんなで連れ立って行くのです。片道15分くらいだったかなあ。行きは、寒くて寒くて、でも露天風呂につかったあとは本当にぽっかぽかでした。病院に帰り着いてもさめてないのです。その後に飲むんです!当時はウィスキーが好きでしたから、安いスコッチを買い込んでみんなと飲むのです。病院の庭木に雪が積もっているのですが、ウィスキーの水割りを作るのに、窓を開けては手の届くところにあるその雪をつかっていました。ただ、正直言って美味しくはなかったなあ。今から30年以上前のことです。今では雪に混じっているちりやPM2.5を心配しなくてはいけませんね(-_-;)

話をもどしましょう

今までに一人だけ、患者さんと飲みに行ったことがありました。友人としてです。その方はある会社の取締役のかたでした。いつもにこやかで温厚、考え方もしっかりとしていて、話していて飽きないし、会社のこと、世の中のこと、家族のことなど話しました。私と職業が違ったのもよく話せた一因かもしれませんね。彼のがんは、手術時にはすでに進行していて、ほどなく再発してしまいました。彼は、自分の命が限られていることを冷静に受け止められました。心に葛藤が無かったはずはないと思いますが、少なくとも私とのお話しからは、感じられませんでした。私がその立場になったときに、果たして彼のような立ち居振る舞いができるだろうか‥そんな思いでいるうちに、彼は天に召されました。静かな最後でした。その時から私は患者さんと飲食をともにすることをやめました。

寒さも和らぎ、夜空を見上げる機会もでてきました。
遠き人を北斗の杓で掬わんか  橘高薫風

院長 栗田 啓