四国がんセンター

名誉院長エッセイ<季刊>患者の言い分、医者の言い分

栗田大権現??:2014年4月号

調子はどうですか?

『まあまあじゃのお。先生に命を救うてもろうたんじゃけん文句は言えんのよ』「でもそれって、ほんとは調子が良くないところがあるんじゃないの」『いやいや、ええよ』と調子が良いの一点張りです。こんな時には、いつも付いて来られる奥さんから情報を得ることにしています。
このおじいちゃん、私のことを、”栗田大権現”と言ってはばかりません。「医者として当たり前のことをしただけなんだから、ほんものの大権現さんに叱られるよ!」だいたい医者とおじいちゃんと名の付く方々は、良し悪しは別として、頑固なことが時にありますね。このおじいちゃんも例外ではありません。おじいちゃん、首からお守りをつるしているのですが、ある日の外来で中を見せてくれました。中には、紙切れがたった一枚。しかーし、それには”栗田大権現”と書いてあったのです。「ええっ!(はやりの言葉で言うと、じぇじぇじぇでしょうか)○○さん、これはいかんよ。やめようよ。お願いだから」その意見、通ったかどうかはおわかりですよね。堀之内に病院があった頃のお話です。

権現?

この権現という言葉、一般にはよく理解されていないようですね。昔から我が国には、八百万の神がおわしまして、仏教が日本へ入ってきた時に、この”神様たち"を信仰の対象に取り入れるためにこの言葉をつかったようですね。”権”は、代わりの、仮のと言う言葉で、仏様が、仮の姿を取ってこの世に姿を現した、と言う意味らしいですね。今でも、山岳信仰などで、”立山権現”とか”蔵王権現”とか言いますよね。ま、いずれにしても、私には恐れ多い言葉に違いはありません。

先生、だんだん

これも堀之内の頃のお話です。あるおじいちゃん。朝の回診時に曰く、『せんせー、夢を見てのお。大きな川が流れとるんじゃぁ。わしは、船に乗って向こう岸へ行きよったんよ。向こう岸には、きれいな花がいっぱいじゃったわい。もう少しで着くときに、誰かが、そっちへいったらいかんよ、と言ったんよ。わしは、はっとしてこっちへ戻ったんじゃが、目が覚めたら、ここの天井が見えたんじゃ。あぶなかったのお。あっちへいくとこじゃったわい。あの声は先生じゃったと思うんよ。先生、だんだん』これは夢だと割り切れば笑い話で済むのでしょうが、これと似たお話しは時にあるようですね。ただ、呼び戻す人のほとんどは、ご親族のようですが(^_^;)以前、手術中に体外離脱したおばあちゃんのお話を書きましたが、立花 隆さんの”臨死体験”にこの手のお話しが詳しく書いてありますから、興味のある方はどうぞ。それぞれが体験するいわゆる黄泉の国が、日本と欧米で違うこともおもしろいですよ。

これこそ名言でしょう

元気なおじいちゃんたちはたくさんいらっしゃいます。ほら。皆さんの周りにもね。えっ、少々迷惑だって。ま、かわいいじゃあありませんか。自分も、近々、仲間入りをしそうなので、弁護しておこうっと(^_^)v
某テレビ局でスイミングクラブの特集がありました。あるおじいちゃんへのインタビューで、アナウンサー「がんばりますねえ」おじいちゃん曰く『ははは、あの世へ行きそうになったら、三途の川を泳いで戻ってこれるように力をつけとるのよ』 いつまでもお元気でね。

院長 栗田 啓