家族性腫瘍の説明
第9章 家族性腫瘍の説明
.(1)家族性大腸腺腫症FAP(familial adenomatous polyposis)
【病態】
大腸粘膜に多数のポリープ(100個以上)が発生して、それが癌化するもの。若年で大腸癌になるのが特徴です。Attenuated typeといってポリープが比較的少ない型も存在します。10から20歳でポリープが出来始め、20代半ばで約10%、40歳で約50%、60歳で90%で大腸癌が発生します。しかし、大腸癌全体からみるとFAPの患者さんは1%に及びません。
一方、大腸以外にも、胃や十二指腸にポリープが多発し、十二指腸の乳頭部にも癌ができやすいことが知られています。そのほか、デスモイド腫瘍といって体壁の筋膜や腹腔内に腫瘍が発生することもあります。
【原因】
遺伝様式は常染色体優性遺伝であり、親から子に遺伝する確率は2分の1です。原因は第5染色体にあるAPC遺伝子の異常で、これは癌抑制遺伝子の1つです。APC遺伝子はAPC蛋白をつかさどっており、APC蛋白は細胞増殖シグナルを制御しています。元来、遺伝子は2本が対になっており、通常は一方の遺伝子が変異しても、もう一方の遺伝子が正常であるため、みかけの変化は起きません。
また、大腸粘膜は定期的に脱落・再生しているので、このような変異が起きた細胞は残ることが少ないのです。「2ヒット説」といって、残ったもう一方の遺伝子にも変異が起きると初めて癌化に向けての変化が始まります。対をなすAPC遺伝子両方の異常に引き続き、K-ras遺伝子、p53遺伝子、DCC遺伝子といった遺伝子が変化し大腸癌ができるといわれています(多段階発癌説)。
加齢とともに大腸癌ができる場合、もともと正常な体細胞の遺伝子に変異が起き(体細胞変異somatic mutation)、しかも2本の染色体に変異が起きる必要がありますから、おのずと高齢で発症します。しかし、生まれながらにして一方のAPC遺伝子が変異している場合(生殖細胞変異genomic mutation)、「1ヒット」しただけでこういった変化が起きるのです。よってFAPは若年で癌が発生するのです。しかし、FAPの患者さん全員の片親がFAPではありません。これは親の生殖遺伝子(精子や卵)のAPC遺伝子に突然変異が起こり、子がはじめてFAPになったものと考えられます(新鮮突然変異)。
【治療】
FAPと診断された場合、予防的に手術するのが一般的です。予防的手術には大きく分けると(1)結腸を切除し、回腸と直腸を吻合する方法と(2)結腸と直腸を切除し、回腸と肛門を吻合する方法があります。違いは直腸が残るかどうかです。
直腸が残る場合、排便の不具合は軽減されますが、残った直腸に癌ができる危険性があります。直腸のみ内視鏡で定期検査する必要があります。(3)内視鏡でポリープを切除する方法もありますが、ポリープの数が多い場合、現実的にはどれが癌化しているか見分けて切除するのは不可能ですし、頻回な内視鏡検査を際限なく続けることになります。
【遺伝子検査】
多くのFAPは大腸の検査結果から診断できます。遺伝子検査の意義は子にAPC遺伝子の異常が遺伝しているかどうかを調べるときに発揮されます。しかし、FAPと診断されている人が遺伝子検査で変異が発見されるのは現段階では約8割です。APC遺伝子は多きな遺伝子なので技術的に異常の検出が難しい場合と、他の遺伝子が関与している場合が考えられます。FAPが遺伝しているかどうか調べる場合、発端者の遺伝子をまず調べてAPC遺伝子の変異部位を確認し、それから家族の同じ部位を調べるのです。しかし、現在この遺伝子検査は健康保険の適応がなく、実費で行うと高額です。
当院では厚生労働省の班研究(厚生省がん研究助成金11-21『遺伝性腫瘍の遺伝子診断の実施の方法と評価に関する研究』班)に参加することにより、無料で遺伝子検査を受けることができる体制を整えています。具体的には、採血をしてそのなかの白血球からDNAとRNAを抽出して配列を調べます。遺伝していればポリープの浸透率(遺伝子異常をもつ人のポリープとしての発病率)は30代までにほぼ100パーセントとなりますが、遅いタイプと早いタイプがあると言われています。
【経過観察の方法】
FAPと診断され、上記のように治療された場合、直腸が残っていれば直腸だけを内視鏡で1−2年毎に観察する必要があります。
一方、上部消化管内視鏡検査(胃カメラ)も1年程度毎に行い、乳頭部癌が発生していないかを調べる必要があります。
.(2)遺伝性非ポリポーシス大腸癌HNPCC
(hereditary nonpolyposis colorectal cancer)
【病態】
一見して通常の大腸癌と区別がつきませんが、近親者に大腸癌、子宮内膜癌(子宮体癌)が多い特徴があります。子宮頚癌は関連がありません。海外では他に小腸癌、尿路系の癌が多いとされています。診断基準として、国際的なアムステルダム診断基準、日本大腸癌研究会の診断基準があります(下記)。
大腸癌全体の5パーセント程度を占めると言われています。子宮体癌を先に発症する場合、大腸癌を繰り返す場合があります。一般にHNPCCの場合の大腸癌は50歳未満で発症し、右側結腸(盲腸・上行結腸・横行結腸)に多く発生します。しかし、浸透率(上述)は不明で、100パーセント大腸癌や子宮癌を発症するわけではありません。一般にHNPCCの大腸癌の悪性度は低いと言われています。
【原因】
FAPと同じく常染色体優性遺伝の様式をとります。現在判明している原因遺伝子はhMSH2、hMLH1、hPMS1、hPMS2、hMSH6の5つがあります。はじめの2つがHNPCCの半分以上の原因を占めると言われていますが、いまだ研究途上の疾患であり、今後さらなる遺伝子やメカニズムが判明する可能性があります。5つの遺伝子はいずれもDNAミスマッチ修復遺伝子といって、日常の体細胞分裂時に起きる誤ったDNA遺伝子配列を修復する蛋白質をつかさどる遺伝子群です。
我々の細胞のもつDNAは2本が対になっており、通常正確に複製されますが、千回から一万回に一回の割合で細胞の分裂時に複製に誤り(ミスマッチ)が起きます。このミスマッチの修復をつかさどるのがDNAミスマッチ修復遺伝子です。
治療:一般には通常の大腸癌、子宮体癌と同じです。しかし少数ながら、同時性多発癌で結腸をすべて切除する場合もあります。欧米には結腸、子宮の予防切除を唱える学者もいますが、現実的ではありません。
【遺伝子検査】
FAPと同様に採血でDNAの配列を調べます。当院では厚生労働省の班研究(厚生省がん研究助成金11-21『遺伝性腫瘍の遺伝子診断の実施の方法と評価に関する研究』班)に参加することにより、無料で遺伝子検査を受けることができる体制を整えています。
原因遺伝子の数が多く、その全容が判明していないので、検査を受けても病的遺伝子変異が発見されないことも多々あります。しかし異常が発見されなかったからといって、家系調査でHNPCCの診断基準を満たす場合、絶対HNPCCではないとは言えませんし、今後も定期検査が必要であることは変わりません。FAPは親子で遺伝しているかどうか調べるための遺伝子検査をすることがあると前述しましたが、HNPCCではこれがさらに難しくなります。
よって興味本位でなく、何を目的に遺伝子検査を受けるかを事前によく考える必要があります。
【経過観察の方法】
HNPCCの体質をもっていることが強く疑われる場合、現段階では30歳前後から1−2年おきの大腸内視鏡検査と子宮癌健診と検尿を受けることが勧められていますが、定まったものはありません。25歳頃からの検査や、腹部超音波を加えることも考えられます。すでに癌を発症して治癒した場合は、その後も1年程度おきに健診し、他臓器癌の早期発見に努めることになります。
アムステルダム診断基準 Amsterdam minimum criteria
(International Collaborative Group on HNPNN in 1990)
- 第一度近親者(親・子・同胞)を含む3名以上の血縁者が大腸癌である(FAP除く)
- 少なくとも継続する2世代にわたり罹患者がいる
- 罹患者の1名は50歳以下で診断されている
改変アムステルダム診断基準
Revised Amsterdam Criteria II (ICG-HNPCC in
1999)
3名以上の血縁者がHNPCC関連癌(大腸癌・子宮内膜癌・小腸癌・腎盂癌・尿管癌)に罹患しており、かつ以下の全ての条件に合致する
- 罹患者の1名は他の2名の第1度近親者である
- 少なくとも継続する2世代にわたり罹患者がいる
- 罹患者の1名は50歳未満で診断されている
- FAPが除外されている
- 癌の診断が組織学的に確認されている
日本大腸癌研究会の診断基準 Japanese Clinical Criteria (1991)
3名以上の血縁者がHNPCC関連癌(大腸癌・子宮内膜癌・小腸癌・腎盂癌・尿管癌)に罹患しており、かつ以下の全ての条件に合致する
A群 第一度近親者(親子同胞)に発端者を含む3例以上の大腸癌患者を認める大腸癌
あるいはB群 第一度近親者に発端者を含む2例以上の大腸癌患者を認め、なおかつ
- 50歳以下の若年性大腸癌
- 脾湾曲部より近位の右側大腸癌
- 同時性あるいは異時性大腸癌
- 同時性あるいは異時性の他臓器重複癌、いずれかの条件を満たす。
.(3)家族性乳癌 (familial breast cancer)
乳癌患者さんの母親や姉妹に乳癌が見られる場合、家族性乳癌と呼びます。家族性乳癌は、母親または父親から傷のついた乳癌遺伝子(乳癌を引き起こす遺伝子)を受け継ぐことによって発生する遺伝性乳癌です。
【病態】
両側乳癌や卵巣癌が多く発生します。全乳癌の約5%を占めると言われています。家族性乳癌の特徴の1つ目は、若年発症であること、つまり一般の乳癌の発症の平均年齢は54才であるのに対し、家族性乳癌を発症する平均年齢は44才です。
特徴の2つ目は、左右両側とも乳癌になる可能性が高いということ、つまり一般の乳癌では両側とも乳癌になる確率が約5%であるのに対し、家族性乳癌では30%〜40%の人が両側とも乳癌になります。
【原因】
BRCA1とBRCA2の2つの遺伝子があります。この遺伝子に変化があると乳癌を発症しやすくなります。最近の研究では、乳癌家系では29%の人でBRCA1またはBRCA2に異常が認められました。BRCA1の変異がある場合、卵巣癌の危険性がありますが、BRCA2の変異であれば卵巣癌の危険性はありません。
【治療】
通常の乳癌と治療方法は同じです。
【遺伝子検査】
診断基準を満たす症例の3分の1にBRCA遺伝子の変異がみられます。BRCA1とBRCA2の2つがあります。浸透率(上述)は欧米では60から70%と報告されていますが、日本人ではまだよく分かっていません。遺伝子検査をする場合、BRCA1とBRCA2の2つを調べる必要があります。またBRCA1に異常をもつ人が70歳までに乳癌を発症する危険性は78%、BRCA2に異常をもつ人が70才までに乳癌を発症する危険性は80%です。
ただしBRCA1またはBRCA2に異常をもつ人に発症した家族性乳癌の予後は、一般の乳癌とほぼ同じと考えられています。また、すべての家族性乳癌の原因遺伝子が同定されているわけではないので、家族性乳癌の遺伝子検査はいまだ研究的側面をもつものと理解されています。
【経過観察の方法】
家族性乳癌を発症して治療した、あるいは家系調査から乳癌を発症する危険性が非常に高いと判断されたとします。現状では以下の3つの選択肢があります。
[1]こまめな乳癌・卵巣癌検診、[2]予防的内服薬投与、[3]予防的手術、です。特に欧米には予防的内服薬投与、もしくは予防的両側乳房切除という考え方がありますが、日本ではまだ行われていません。現段階では乳癌・卵巣癌検診をこまめに受けることが主体になると思われます。
欧米では乳癌遺伝子に異常を持つ女性に対して25才位より触診およびマンモグラフィー(乳房レントゲン撮影)による検診を勧めています。閉経後乳癌に対するマンモグラフィーの有用性はすでに確定しており、マンモグラフィー検診によって乳癌による死亡が20〜30%減少します。
しかし遺伝性乳癌は発症年齢が若く(平均44才)閉経前乳癌の占める割合が高いのでマンモグラフィー検診が乳癌の早期発見に有効かどうかは今のところ不明です。閉経前の女性の乳房は全体に濃度が高いのでマンモグラフィーで癌を検出することは一般に閉経後よりも難しいと言われているからです。従って、乳癌遺伝子に異常をもつ女性に対する検診の方法についてはいまだ確立されたものがないのが現状ですが、1から2年毎の乳癌検診を25歳前後から開始することがすすめられています。
家族性乳癌の定義 (これは統一されたものがなく、あくまで当相談室での仮のものです)
- 第1度近親者に発端者を認め、3人以上の乳癌患者がいる場合
- 第1度近親者に発端者を認め、2人以上の乳癌患者があり、いずれかの乳癌が次のいずれかを満たす場合
- 40歳未満の若年者乳癌
- 同時性あるいは異時性両側乳癌
- 同時性あるいは異時性多臓器重複癌
- 第1度近親者に乳癌患者と卵巣癌患者がそれぞれ1人以上いる。
- 患者が1人っ子あるいは同胞がすべて男性であり、かつ母親が乳癌と診断されている。
.(4)その他の家族性腫瘍
多発性内分泌腺腫症、網膜芽細胞腫、リ・フラウメニ(Li-Fraumeni)症候群、ウィルムス(Wilmus)腫瘍、多発性神経線維腫瘍2型(MEN2)、フォン・ヒッペル・リンドウ(von Hippel-Lindou)病、遺伝性悪性黒色腫、ポイツ・イェガース(Peutz-Jeghers)症候群、若年性ポリポージス、コウデン(Cowden)病、タルコット(Turcot)症候群など
遺伝性前立腺がんの定義 (これは統一されたものがなく、当相談室での仮のものです)
●遺伝性前立腺がん(Carterの定義)- 1核家族内に3人以上の前立腺患者がいる
- 3世帯にわたり前立腺患者がいる
- 2名以上の55歳以下の前立腺患者がいる。
家族性胃がんの定義 (これは統一されたものがなく、当相談室での仮のものです)
●家族性胃がん家系- 近親者に胃癌患者が3人いて、そのうち1人は他の2人の第一度近親者である。
他の遺伝性腫瘍は除外する。 - 少なくとも連続する2世代にわたって胃癌患者がいる。
< 前ページ|家族性腫瘍(がん)相談室トップ|次のページ >



