四国がんセンター

名誉院長エッセイ<季刊>患者の言い分、医者の言い分

母と娘:2015年10月号

おかあさん、だんだんぼけてきちゃって…

胃がんで手術してつい最近まで元気だったおばあちゃん、だんだんと認知症が進んできたようです。手術のあと、いつも娘さんといっしょに外来へ通ってきていました。4年たちました。「おばあちゃん、近頃胃の調子はどうですか」『いつもお世話になります。あんばいええですよ』私とお話しするときには、普通に思えるのですが、娘さんの言うことには、あとで思い出せないんだそうです。そして、どうやら私を『なにやらお世話になった人らしい』と感じているので愛想を振りまいているのだとか。ううむ、娘の観察眼たるや厳しいなあ(*^_^*)

もうあずけます!

ある日の外来です。娘さん『先生、もう限界です。施設に預けることにしました』「そうですかぁ。。世話も大変だものね」『いえ、世話はなんとも思わないんですけど、私のことが娘だとわからないみたいで…』「えっ、いつも一緒にいるのに??」『あなた、誰?って言うようになってしまいました』娘さん、気丈な方でしたが、さすがに涙は隠せません。その日は涙の外来になってしまいました。
母親と娘の関係は、特別ですね。うちのかみさんと娘なんぞをみてると、結婚してからもしょっちゅうメールをやりとりするわ、電話でながーーい話をするわ…男から見ると理解できないような関係ですね(^_^;)。それをしょっちゅう目の当たりにしているだけに、この娘さんの、ある意味で悔しい、そしてとても哀しい思いが伝わってきました。

私の親も

私の場合は、母親はずいぶんと前に亡くなったので、父親が問題となりました。85才を超えた頃に慢性硬膜下血腫という病気になってしまいました。頭の骨と脳との間に血液が貯まっていろんな症状が出る病気です。いわゆる独居老人(私の名誉のために言っておきますが、いっしょに住もうと言ってもうんと言わないのです。思い出がつまった我が家から離れたくないんでしょうね)でした。ある日、たまたま大阪に住んでいる妹が帰ってきて、いつもの父と違うと感じ、私に電話をかけてきました。すぐ、脳外科へ連れて行き、頭の中に貯まった血を抜く手術をしてもらいました。息子が危ないから止めろというのも聞かず、よく自転車に乗って動き回っていましたので、どこかでころんで頭を打ったのでしょう。それをきっかけとして、その後もハッキリとしないまま、認知症の症状が進んできたのです。幸い、妹が父のところへ帰ってきて面倒を見てくれることになり、世話を始めました。まあ、いろんなことがおこるものなんですね。妹から聞いたエピソードには、笑いあり、涙ありの連続でした。先ほどの娘さんの話を聞いて、父の私への認識はどんなんだったのかなあと考えてみるに、たまーにやってきて、何かと口うるさく命令ばかりする自分より若いやつ、くらいだったのでしょうか。実は、何年か前に、父の胃の手術を私がしているのですが、父の中ではどう理解されていたのでしょうかね。最初の頃は、もちろん覚えていたでしょうが、認知症が進んだ頃には多分忘れていたのだと思います。その父も今は亡く、ありがとうのひと言も言えないままでした。ただただ心残りです。

認知症の方が増えています

最近、認知症の話題がしょっちゅうテレビ、紙面を賑わせていますね。何でも、65才以上の高齢者(ごめんなさい、一般的にこう言われているもので)のうちで400万人強が認知症だと言われているようです。また、その同数が認知症の前段階にあるんだそうです。
がんセンターの患者さんの中にもいらっしゃいます。看護師さんたち、対応に大忙しです。本人には自覚が無いのですからますます大変!これにはご家族の方々のご協力が欠かせません。安心安全な治療のためにくれぐれもよろしくお願いします。

認知症の早期発見

認知症の早期発見のために、一昨日の晩御飯を思い出せるかどうかと言うことがよく言われます。今、思い出そうとしているのですが…うーん、何だったかなあ…うーん、思い出せないぞ。ん、それよりも昨日の晩ご飯は何だったかな(-_-;)
ところで、皆さんは昨日の晩ご飯を思い出せますか?

院長 栗田 啓