四国がんセンター

名誉院長エッセイ<季刊>患者の言い分、医者の言い分

元気なの?それとも無謀!?:2015年4月号

それはいきすぎでしょう!

もう25年以上前になりますか、当時80才代のおばあちゃんの乳がんの手術をしました。がんが大きかったこともあり、また、当時は胸の筋肉を残すことはまだ一般的ではなく、乳房とその奥にある筋肉を切り取る手術をしました。手術のあとは、皮膚が胸壁によくくっつくように、にじみ出たリンパ液を体外へ出すドレンという細い管を入れ、手術した側の腕は、数日間は安静にしておくのが一般的です。ところがそのおばあちゃん、翌日の回診時にたまたま廊下で出会ったのですが、なんと、腕をぐるぐると廻しているのです(>_<)。それも半端な廻し方でなくやけくそな感じで廻しているのです。「○×さん!そんなに動かしたら皮がつかんよ!」『そがいにゆうても、手が動かんようになったらいかんけんな、動かしよったんよ』「動かすときになったら、こちらからゆうけん、それまで待って!」ひやひやしながら経過をみていましたが、世の常で、このような患者さんはたいてい順調に経過するものです。おばあちゃんも例外ではありませんでした。

これ、袋の口があいとるよ!

このおばあちゃん、ご主人と若い頃に死別し、子どもさんもなかったのですが、無類の子ども好きで、外来では子どもたちを見つけてはよく遊んでいる姿を見かけたものです。(当時は小児科もあったのですよ)もっとも、子どもが喜んでいたかどうかは…(^_^;)
ある日の外来で、「先生、これ、おいしいけん食べてみてや」『ありがとう!』おばあちゃんの地元の駄菓子のようでした。でもよく見ると、ふうが切ってあるのです。「おばあちゃん、これ口があいとるよ」このおばあちゃん、国鉄(今のJRです)に乗って通院していたのですが、汽車の中でぐずる子どもがいたそうです。『きしなの汽車の中でな、女の子が泣いとったけんちょっとわけてあげたんよ。泣き止んで良かったわい』やさしいおばあちゃんでしょ、それを聞いて納得。残りでも私にあげたかったんだね。だんだん。

それは無茶でしょう!

おばあちゃんだけではありません。元気な、”私たちの立場から言えば”無茶な患者さんに時に出会います。東京のあるがんセンターでの出来事です。アメリカのある大企業の会長さんが、胃を全部切り取る手術を受けたときのことです。術後の経過も良く、多忙な方で、手術から1週間目に退院されたそうですが、お祝いにと大好きなステーキを食べたんだそうです。もちろん医師にだまってこっそりと。全部食べたかどうかは定かではありませんが、このエピソードを聞いた”心豊かな”?医師たちは、おこるどころか、「なあんだ、大丈夫なんだ…」っそれまでは、胃を全部切り取ったあとは、1週間目に水分からはじめ、2日ごとに、流動食、3分粥、5分粥…とあがっていくのが常道でした。
当がんセンターにも強者がいました。この方も胃がんで手術をしました。胃は少し残ってはいたのですが、3日目に、大好きだったのでしょうね、ラーメンを1人前食べたのです。さすがに苦しかったようですし、その後熱も出て、自分の無茶ぶりを反省したようですが、私たち医者はやはり、「なあんだ、大丈夫なんだ…」それからです、胃がんの手術後の食事アップの速度が速まったのは(*^_^*)

医学は、時に患者さんの無茶ぶりから進歩する

今でさえ当たり前になったクリニカルパス―そう、治療の説明や経過を書いたあれです。これは、実は何度も改定されているのです。もちろん、いろんな臨床試験をもとに積み重ねてきた科学的な根拠をもとに変わっていくのが一般的ですが、時に、このような患者さんの行動がもとににあっていることもあるのです。つまり、彼らが、私たちの眼から鱗を落としてくれることもあるのですね。
でも、本心はと言えば、”無茶”はしないほうがいいなあ…

院長 栗田 啓