四国がんセンター

名誉院長エッセイ<季刊>患者の言い分、医者の言い分

48年前の名言:2014年1月号

術後です― おならはでましたか?

今では年も重ね、おまけに院長職についたために手術をする機会が減りましたが、それまでは回診に行くと術後の患者さんのおならの出具合がいつも気になっていました。私は、胃と食道の手術がメインでしたから、術後のおならはとても大切な回復の指標でした。「ちょっとお腹がはっていますね。おならはでましたか?」『まだでんのよ。腹がはってしんどいわい』「ううむ、まだ3日目だからおなかの張りはこんなものですよ。明日かあさってには出そうですね」『出りゃぁ楽になるかいのお』「ずっと楽になりますよ。今は、できる範囲内でいいからがんばって歩いてくださいね」

その後…

『先生!大きいのが出たわい。スーっとした』「それは良かったね。これで上と下がつながったね」
ところが、いいことばかりではありません。中には、腸がねじれて癒着して食べ物の通りが悪くなったり、腸の動き自体が弱かったりして、おならが思うようにでないことがあります。同じように手術をしても、どうして差ができてしまうのか、私の中ではいまだに謎のままです。まず、鼻からチューブを入れて腸の腫れをとりますが、中には再手術をしなくてはならない状況になることもあります。手術も大変だけど、鼻から入れるチューブはつらいものですね。なんとかしてあげたいとは常々思ってはいるのですが、まことに申し訳ない、腸閉塞はある程度の頻度でついてまわるのです…

おならの思い出

高校生の時です。松山市内の病院で盲腸の手術(正確には虫垂切除)をうけました。麻酔の効きが今ひとつで、ちくちくと痛かったのを覚えています。それはともかくも、一番つらかったのは、その夜のお腹の痛みです。今までに経験したことのないような痛みなのです。お腹がぐるぐる言って、間隔を置かず差し込むように痛みます。何とかしてもらえないんだろうか?「看護婦さーーん!」『どうしたん?』「この痛みなんとかなりませんか」『それは腸が動いとるけんよ。がまんせんとガスが出んよ』納得したような、丸め込まれたような(-_-)…ても、おならが出た後は確かにとても楽になりました。

中学時代にさかのぼります

突拍子もないと思われるでしょうが、おならといえば中学時代の技術家庭科の先生を思い出すのです。とにかく熱血漢で、といっても私の記憶の中でもおじいさんですが、仕事で指先を失った手と、顔が怖かったなあ…でも教える技術は確かだったことが記憶に残っています。
この先生、生徒が騒がしくて頭に来ると”錐”を投げつけるのです。遠くから投げるのですが、それが顔を横切って黒板に刺さる!その腕もまた確かなのです!!おお怖っっ(-_-;)。しかしお見事!今だったら大問題でしょうが、当時は、悪ガキを押さえつけるのに許された手段だったのですね…私は、技術家庭が大好きでした。好きこそものの上手なれで、木で作った本立て、鉄板で作ったブックエンド、ブリキのちりとりとよくできていると褒められたのが嬉しかったことを覚えています。ちなみに、私は「錐」を投げられたことはありませんよ。
おっと、脱線してしまいました。私が伝えたかったのは次のひと言です。なんと48年間もずーーっと覚えています。

名言? それとも迷言?

彼曰く、「屁にはブー スー ピーの3種あり。一番くさいのはスーなり」
これって名言だと思いませんか。ええっ、迷言??

栗田 啓