四国がんセンター

名誉院長エッセイ<季刊>患者の言い分、医者の言い分

グチのはけ口?:2013年10月号

甘え上手

外来で、あるおばあちゃん曰く、『先生、うちのバカ息子がなあ、車をこうてくれゆうてのお。こまっとるんよ。』「…」『普通の車にしとったええのに、なんであがいに高い車がええんかいのお。』「それで、なんという車なの?」『セルなんとかいうのよ』「でもお金は返ってくるんでしょう?」『口では言うてものお、この前も返してくれんかったしのお』ああ、1回ではないんだ…ひとしきり話を聞いて、「お大事に」 おおっと、診察してないぞ!「○○さーん、もう一度診察へどうぞ!」
あと、いつもの診察をして、改めて、「お大事に」

その後…

あれから半年たち、再びあのおばあちゃんの登場です。「○○さん、この前の車の話はどうなったの?」『ほうよ、かわいそうなけん、しようがなかろう。こうてやった』(かわいそうなって、息子さんも芸達者だなあ…)「ええっ、全部出したの?」『いっぺんにはないけん、月賦よ』「…」むちゃくちゃ高いおもちゃだなあ…それにしても母親ってすごい!というより、お子さんが甘え上手??
ひとしきり話しを聞いて、「お大事に」 おおっと、またまた診察忘れてるぞ!「○○さーん、もう一度診察室へどうぞ!」

親爺の手作り

私の子どもの頃は、普段遊ぶおもちゃは、全部、父の手作りでした。飛行機、汽車、船、水車…それどころか、自宅の茶箪笥(今では食器棚というのかな)まで作ってしまうほどの腕前でした。今の世の中、子どものおもちゃを作るほどの余暇もないのが現状でしょうか。逆に言えば、自分が子どもの頃はそれだけゆったりした世の中だったと言えるのかもですね。
旧国鉄マンだった父は、本業は機関車(当時は蒸気機関車でした)の運転手でしたが、大工仕事とどちらが本業かと言うくらいの腕前でした。当時の手作りのおもちゃは残念ながら今、一つも残っていません。「開運!なんでも鑑定団」が人気の今なら、記念にとっておいたでしょうか。
今の私の外科医としての技量は(技量といえるほどのものでもないですが)、父親譲りなのかもしれませんね。

樹静かならんと欲するも風やまず、子養わんと欲して親待たず

親が生きている限り、子どもは一人前になれないと言われます。あの息子さんも、お母さんが亡くなって初めて、一人前の大人となるのでしょうね。(おっと、誤解がないように。私の本心はいつまでもお元気でいて欲しいのですよ)(^_^;)
私は、30年ほど前に母を亡くしました。そして、今年、父を失いました。でも、一人前の大人になったと言えるのかなあ。まだまだ世の中に甘えている自分がいます。いつ大人になれるのやら…
親孝行らしいことと言えば、父の手術の執刀をしたことくらいかなあ。男同士、血のつながった者同士、なかなか「ありがとう」のひと言が言えませんでした。たった一言なのにね。お葬式の日でした、初めて声に出して言えたのが、「ありがとう」。あまりに遅すぎますよね…

栗田 啓