四国がんセンター

名誉院長エッセイ<季刊>患者の言い分、医者の言い分

先生、兄貴の具合はどうですか?:2012年10月号

先生、兄貴の具合はどうですか?

お兄さんが外来受診する時には、弟である彼が必ず付き添いです。外来のたびに、彼はお兄さんの様子を聞き、私の「大丈夫ですよ」のひと言に、本人以上に安堵している様子が伝わってくるのです。

ぜんぜん違うなあ…

もう何年になりますかね、彼のお兄さんが胃がんと診断され、私のところへ紹介されてきました。お兄さんは50歳代、彼は5歳ほど年下でした。お兄さんは、独身で、県外で仕事をしていました。弟さんを頼って、ここがんセンターを受診したのです。進行がんでしたがうまく切り取ることができました。手術で切り取ったあとに抗がん剤の治療をしましたが、県外で仕事をしながらなので、がんセンターへは、2ヶ月に1回の通院でした。そのたびに、彼が付き添ってきました。
お兄さんのほうは、長男にありがちな、ちょっと気むずかしい、口べたな感じの方です。彼はといえば、小柄な兄貴とは打って変わって、大柄で陽気なにこにこした方でした。彼は、結婚していて、奥さんもいっしょに付き添いです。この奥さんがまた、彼によく似て、明るくいつもにこにこしている方でした。

先生、自分も胃がんになりましたっ…

その彼が、ある日の外来、診察室へ入ってきました。「えっ、今日はあなたが患者さん??」『へへ、兄貴が胃がんになったんで、自分も健康診断をうけたら、胃がんがみつかりました。』検査の結果、彼のがんも切り取れると判断し、手術しました。顕微鏡検査の結果、お兄さんよりも早い進行度でした。ガイドライン(日本人には胃がんが多いので、進行度によって治療が決められています)上、抗がん剤の治療は必要でない段階だったので、定期的に再発のチェックをしながら経過だけを見ていくことにしました。正直言って再発はしないだろうと思っていたのです。ところが、2年目の定期検査で、肺に転移が見つかったのです…ご本人と奥さんへお話ししました。ご本人も奥さんも、表情はあくまでにこやかだったのを昨日のことのように覚えています。正直、私の方が再発したことにショックを受けたのですが、この二人の表情に癒しをもらいました。本来逆でなくてはいけないのですよね(本当の彼らの心の中はどうだったのでしょう…)

つらい治療が続きました

入退院を繰り返しての治療です。内科での治療なのですが、入院中は、私も気に掛かるので、時々顔をのぞかせていました。抗がん剤の治療は、副作用との闘いです。彼も例外ではなかったはずです。でも、私の「しんどいねぇ…」に対して、にこにこしながら『ちょっとこたえたかなぁ。ま、こんなもんじゃろう。』そこに、言葉が返せない情けない自分がいました。
そのうち、抗がん剤の効果も頭打ちとなり、病状は悪くなっていきました。ただ、腸閉塞の状態にならなかったのがせめての救いだったでしょうか。入院中に、お兄さんの外来受診がありました。入院中の、それも抗がん剤の治療中の彼が、奥さんと診察室へ付き添いで入ってくるのです。『兄貴は大丈夫ですか。』「お兄さんは再発はなさそうだよ。」『よかった…』ほんとにうれしそうなのです。ここで兄曰く『先生、弟を助けてやってください。なんでもしてやってください。』初めてだったと思います、お兄さんから彼のことをお願いされたのは。口べたな兄貴だけど、彼にはその気持ちがずっと伝わっていたのでしょうね。

別れです

天はいつまでも彼に生を与えてはくれませんでした。私はその場に居合わせることはできませんでしたが、彼の最後は眼に浮かんできます。精一杯がんばったね。私はあなたのことを一生忘れない。笑顔が、そして心が最高だった。

栗田 啓