四国がんセンター

名誉院長エッセイ<季刊>患者の言い分、医者の言い分

聞いてください、先生!:2011年10月号

「先生、ちょっと聞いてくださいよ。おじいちゃん、ぼけてしもて、たいへんなんです。ちょっと目を離すと、外へ出て行って、道路わきに座って…危なくてしょうがないんです!何とか言ってやってください。」

よくぞここまで

手術の時は、進行胃がんで、胃の周りの臓器へがんが、浸潤といってくっついていて、それを一緒に切り取る手術をしました。リンパ節にもかなりな数の転移があって、2、3年のうちに再発しそうだなと思っていたのです。ところが、5年以上も再発がみられないのです。うれしい限りなのですが、ここで問題がおこったのです。
手術後、4年を過ぎたころだったでしょうか、何かの拍子に頭を打ったのでしょう、硬膜下血腫といって、頭の中の脳と頭蓋骨の間に血が貯まって脳を圧迫して、意識障害をおこしたのです。言葉ももつれて、食欲もなくなり、そのうち歩くのもおぼつかなくなってきました。がんセンターには、神経外科がないので、市内のある病院へお願いしました。血腫をとる必要があるとの診断で、血の塊をとってもらいました。年齢的な問題もあったのでしょう、これをきっかけとして体力の落ち込みが進み、歩くのもやっとの状態になり、さらに認知症の症状がみられるようになりました。娘さんが、遠く離れた嫁ぎ先から帰ってきて、世話をしてくれることになりました。

今日は出勤日だ

冬のとある日の夜明け前のこと。やおら、むくっと起き上がるなり、「今日は機関区へいかんといかん。」というやいなや、昔の服を出して出かける格好をして、家を出て行こうとするのだそうです。娘さんは、認知症の人は思うようにさせるのが一番だと聞いていたので、「わかった、おとうちゃん。じゃあ、行こうか。」おじいちゃんを車に乗せて、言われるままに機関区へつれて行きました。機関区とは、おじいちゃんが昔働いていた仕事場です。その時間に開いているはずもなく、建物の外の非常階段を上がっているときに、当直の職員の方がたまたま通りかかったそうです。おかしいと思うのが当たり前ですよね。「どうされたのですか。」娘さん、「すみません。昔のことを思い出したようで…」この職員の方がすばらしい。ピンときたのでしょう、やさしく、「まだ、始まってないけん、もうちょっとしてからおいでや。」おじいちゃんが仕事をしていた頃は、もう3・40年も前のことですよね。それも、歩くのがやっとのはずなのに、階段まで昇って。。。おじいちゃん曰く、「いっぺん帰ってこうか。」娘さん、ほっとして連れて帰りました。一寝入りした後は、また以前の歩くのもままならないおじいちゃんにもどったそうです。私たちの理解を超えた何かを人は持っているのですね。

今は…

今は、薬を飲ませるのが一苦労だそうです。粉薬を、オブラートに包んで飲ませるのだそうですが、片方の先を少しとんがらせるとうまく飲み込めることに気づいたそうです。しめしめと思っていた矢先、口に入れた拍子にオブラートが破れたんですね。おじいちゃん、むせてしまいました。「粉薬が、破れたオブラートから、咳のたびにぱふっぱふっと吹き出して、大騒ぎだったんよ。」おじいちゃんには申し訳ないけど、こちらも大爆笑。大変な中に、楽しさを見いだしている、とてもすてきなご家族の風景でした(*^_^*)。

栗田 啓