四国がんセンター

名誉院長エッセイ<季刊>患者の言い分、医者の言い分

医者のひとりごと その六:2005年01月号

インフォームドコンセントっていったい…

インフォームドコンセントがしっかりと行われるようになってきました。たとえば胃がんの場合、手術の話だけでも小一時間はかかります。それに臨床試験が関係してきますとさらに時間が延びます。わかっていただけるようにかみくだいてお話をしているつもりですが、こちらの思いは必ずしも患者さんサイドに通じていないようですね。特に、臨床試験のお話の時にいろんなエピソードが生まれるんです…
もう8年くらい前になりますか。胃がんの患者さんにある臨床試験のお話をしました。簡単に言うと、胃の入り口にできた胃がんに対して、開胸開腹(左胸とおなかを同時に切ってがんを切り取る方法)と、開腹(おなかの中だけから切り取る方法)の二つの手術方法のよしあしを比べるものでした。かなり力を入れてお話した覚えがあしまる。ご夫婦でじっと話を聞かれていました。最後に、わたし「この試験は世界的に注目されている大事な試験なので参加してくださいませんか。」しばらく間があって、患者さん(ご主人のほうです)曰く「なんかええことがありそうじゃから入っとこうかのう、かあちゃん」「・・・」 わたしの独り言「いったいわかってもらえたんだろうか。ま、いいか。承諾していただいたんだし。」

時間がかかる…

いろいろな臨床試験を患者さんへ説明するときに、説明文書というのがあります。以前は内容をさらっと説明する程度だったのですが、最近はだんだんと詳しくなって、ページ数も多くなってきました。へたをすると荷物になるぐらいです。それを読んでいただければ、医者が説明するよりもわかりやすいくらいです。以前は、説明文書の不足を医者が補うといったものでしたが、最近では以前とは逆に、私たちが試験の骨組みをお話して、説明文書が不足部分を補うといったかたちになってきています。その分、説明にかかる時間が短くなってきたように思います。もちろん血の通った人間同士の会話にまさるものはないと信じていますが。

患者さんに救われる

わたしは手術の後はしばらく、一日2回から3回は病棟へ患者さんの顔を見に行くようにしています。患者さんの顔つきをみると、そして、二言三言会話を交わすと、その人の術後経過がだいたいわかります。術後の苦しい時期を過ぎて、落ち着いてくると笑顔がみられます。この笑顔が何ともいえません。思うんですよ、よかった、またひとりがんを乗り越えたんだなあってね。
最近は忙しさのあまり気がつくと消灯時間を過ぎていたりして1回しかいけないこともあるのが残念です。
6人部屋でも(病棟の造りが古くてまだ6人部屋があります)、患者さんの中には、わたしが病室へ入っていくと、感づいて、休んでいてもすぐにこちらを向く方がいらっしゃいます。すごいなぁ。雰囲気でわかるのかなぁ。頼りにされてるんだなぁ…ちょっといい気分です。ある日の病棟でのことです。食道の手術を受けられた方でした。食後の安静の時間だったと思います。あぁ、やっぱり気づいてくれた!「すごいね、すぐわかるんだね」「先生の足音はぺたぺたとよく聞こえますよ。遠くからでもわかるんと違いますか」あっ、そうだったの。足音が耳障りだったのね。さっきのいい気分はどこへやらです。
病棟ではそれまで、汗っかきの足がむれるのでサンダル履きでしたが、それからは、音の小さな靴にかえてこっそりと近づくことにしました。

がんばる

患者さんの中には、私たちの理解の枠を超える方が往々にしていらっしゃいます。あれは、40才代の方でした。胃がんの手術をしたのですが、腹膜に転移がたくさんあってとりきれなかったのです。ご本人は、わたしと同じくらいの年齢で、ご自分の考えを持ち、しっかりしていると思っていました。手術の後、数日たって落ち着いた頃に事実をお話しました。残ったがんを抗がん剤でやっつけていきましょうとお話ししました。4、5日たったでしょうか。ご家族が血相を変えて、わたしの前に立ちました。「何を話したのですか?本人が落ち込んでしまって見るに忍びない。」それに、子供さんの将来のためにと貯金しておいたお金をはたいて、車を買ったというのです。えっ、まさかあの人が・・もちろん、ご本人をお呼びして、じっくりと話し合いました。将来に希望をつなぐようにです。その後は、落ち着いて、すすんで治療を受けられました。人の心には計り知れないものがあるんだなあって改めて思い知らされました。そして、インフォームドコンセントのむずかしさとを。

栗田 啓