四国がんセンター

名誉院長エッセイ<季刊>患者の言い分、医者の言い分

医者のひとりごと その二:2004年01月号

インフォームドコンセントっていったい…

個性豊かないろんな患者さんがいらっしゃいます。胃がんの手術のお話をするときには、イラストやおなかの中の様子を描いた絵なんぞを交えて、だいたい1時間ぐらいはかかります。あの時もじっくりとお話をしたつもりでした。患者さん、ご家族、「よおくわかりました。よろしくお願いします。」さて、手術が終わって、無事退院です。「手術のことをおさらいしてこれからのことをお話しましょう。手術の前にお話ししていたとおりに、云々」患者さん曰く、「えっ。あのときは頭の中が真っ白になって何も覚えておらんです。」ううむ、そうか。それからは、「わからんことがあったら必ず聞いて、納得して手術を受けてくださいよ。」と言うようにしていますが、どうでしょうか…。
こんなこともありました。80過ぎのおばあちゃんでした。手術のときの合併症(手術の後に起こるかもしれない、経過を悪くする不都合なこと)のお話のなかで、肺炎のお話の時でした。「手術のあとにはね、痰がたまってくるからね、ちゃあんと自分で咳をして痰を出してくださいね。」おばあちゃん曰く、「あれ、わたしはこのあいだインフルエンザの予防注射をしたのにまだ咳がでるんですかいの。」小生「・・・」同席していたお孫さん曰く、「おばあちゃん!それは違うんよ!先生、後で言っておきますから。」まっこと、話はむずかしい。
おばあちゃんは、膵頭十二指腸切除という、胃だけじゃなく、膵臓の約半分、十二指腸(胃に続く小腸のはじめの部分)、胆嚢、胆管(肝臓から出てくる胆汁が流れる管)を切り取る、おなかの手術では一番大きい手術になったにもかかわらず、また、80過ぎという年齢にもかかわらず、順調な経過をたどりました。あの、ひょうひょうとした性格がよかったのでしょうか。

時間がかかる?

だいたい、お話には小一時間くらいかかります。こちらとしては、できるだけの情報をと思ってお話しているのです。ですから自分としては時間があっという間に過ぎていきます。でも、患者さんいわんやご家族にとっては長いんでしょうね。中には、というよりしょっちゅうですが、ナースステーションの中をぐるりと見回しはじめたり、明らかに他のことに思いをはせていると思われる目をしている方もいらっしゃいます。一番ショックなのは、患者さんご本人が、居眠りをはじめたときだったですね・・ああ、自分の話し方がうまくないからなんだろうなあ。頭にくるより反省です。
せっかちな方もおられます。こちらは、順序立ててお話をしているのに、途中で、「それで、先生、手術の後はどれくらいで退院できるんかな。」まだ、胃を切り取る話までたどり着いていないじゃないか。何で今、退院なんだ…このときはさすがにちょっと困惑しましたね。「話を最後まで聞いてからにしましょう。」すぐに思い直しました―患者さんにとっては一番の関心事は、無事退院できることなんだなあ。

患者さんに救われる

私たちが手術を続けられるのは、もちろん患者さんが手術を乗り越えて退院されるからです。でも、それだけではないんです。
こんなことがありました。60代後半の女性の方でした。手術が終わって、経過もよく、そのうちたたまたバレンタインデーがめぐってきました。その日、彼女が、わたしといっしょに受け持っていたレジデントに、一つずつレジ袋を手渡したのです。中には、それはもうたくさんのチョコレートが入っていました。「どうしたの?」「下の売店にあるチョコレートを全部買いました。仲良く半分ずつです。」「ええっ。。」ほかにもチョコレートが要った人がいただろうに。喜んでいいのか、悪いのか。あ、そうそう一人喜んだ人がいました。だれあろうわたしの女房殿です。
一昔前のよき思い出となってしまいました。いまでは、患者さんからの頂き物はご法度(本当はずっと前からですが)となっていますのでこんなエピソードは二度とおこらないでしょうね。

がんばる

がんばっても、がんに命を奪われることもあります。手術して、再発して、それこそしんどい思いをされる方もいらっしゃいます。そんなとき、思わず口に出る言葉、こころにしみていつまでも残っています。
あれは、30代の男性でした。少しこころを病んでいた方でした。手術したときには、すでにかなり進行した状態でした。がんを取りきることができなくて、抗がん剤の治療にもかかわらず再発し、再入院してきました。入院後、しばらくして、おなかが張ってきました。がんによる腹水がたまってきたためでした。しんどかったのでしょうね。あまり言葉にはしませんでしたが、ある時、「先生、しんどい。ぼく、おうちに帰りたい。」このときは、思わず涙がこみ上げてきて病室を出てしまいました。この一言に彼の思いが凝縮されています。一生忘れられない一言です。
今回は、最後が湿っぽくなってしまいました。でも、ぜひともお伝えしたかったので書き留めました。続く

栗田 啓